2014年03月25日

『食堂かたつむり』小川 糸

食べるとは、あけわたし受け入れること。



「あと、忘れないうちに伝えておくわ。台所の冷凍庫の中に、へその緒が入ってる。大事なものは、なんでも冷蔵庫にしまえばいいのよ。そして、必要な時にレンジでチンすれば、たいていのものは平気なの。」 ― 224ページ



タイトルから『かもめ食堂』に似ているのかと思いました。
若い女性がひとりで料理店を開き、人々を癒していく、という大まかなところは一緒ですが、その他は全く別もの。

恋人に、全てのものを取られて、祖母の形見のぬか床以外、何もかも失ってしまったヒロイン。
ショックのあまり、声が出なくなってしまいます。
無一文になって十年ぶりに実家へ帰り、そこで食堂を始めるのです。

都会では、日々あくせく働いていたけれど、もう無理はやめてゆっくりやっていこうと「かたつむり」という店名にした彼女。
一日一件の予約しか取らず、その一組のためのメニューを決め、毎回心をこめて調理します。
そのため、彼女の心のこもった料理は、人の心を温かくし、溶かしていくのです。
ほのぼのとした話ですが、単なる癒しでは終わらず、生と死の命題についてもじっくりと語られていきます。

食事をするということは、ものの命を引き継いでいくということ。
きちんと個体の死に向き合い、無駄にせずに余さず食べるということ。
その大切さを、しっかりと教えてくれます。

母親のペットの、豚のエルメスを食べると決めた時。
屠殺シーンから、グロテスクにならない程度にしっかりと、解体する様子が描かれていました。
命をもらうエルメスへの礼儀として、目玉と蹄以外はすべて余さずいただこうと決めるヒロイン。
常に覚悟をして、命と向き合うことの大切さを語っています。

ヒロインの祖母、そして母の死。
身も心もボロボロの生きる屍だったヒロインは、彼女たちの死を越えて、故人と向き合い、生かされていきます。
物語は失われた声がゆっくりと戻っていく(=彼女が十分に癒やされる)まで。
心が弱っている時に、温かいスープのようにじんわりしみる作品あるとともに、食を通して死を超えて生き続ける命の不思議さについても描かれていました。
posted by Lily at 01:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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